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2009年7月

袷と単衣

袷と単衣

昨日は宝塚ソリオホールと言うところでの公演でした。

演目は「敦盛」でしたが、甲冑を表す装束(衣装)は単衣の薄い長絹を着ます。対して源氏の武将は袷(あわせ)の法被を着ます。

皆様も六月一日の衣替えで『制服』が冬服から夏服に替わりますが、我々も袷の着物から単衣の着物に替わります。でも最近は単衣ではなくすぐに絽や麻に替えられる方がいますが本来は単衣の着物です・・・この暑さでは仕方ないかもしれませんが、私は6月の間は襟だけ「絽」にして、7月に入り紋付も「絽」にしました。そのかわり単衣の紋付は汗だらけで、ただのやせ我慢です・・・

能装束には衣替えはありません。前述の役柄により衣装を替えてあります。単衣の「絽」には「暑さ」ではなく、薄い「厚さ」により「優美」や「華奢」「儚さ」を表します。対する源氏は袷の「厚さ」で「武骨」や「力強さ」を表していると言えます。着付けも平家方は縫箔(生地に刺繍)に大口(無地または華奢な模様入り)、源氏方は厚板(織物)に半切(金襴の大きく荒々しい模様)とすべてが逆にしてあります。(写真は平家方、源氏方はフォルダにないので近々アップします)
能を見るときこういう楽しみも出来るでしょうネ。
Kiyotune2

平敦盛は寿永三年二月七日、十六歳の若さで兵庫県須磨の一ノ谷の合戦で命を落としました。敦盛は海へ退却した平家一軍に遅れてしまい、波打ち際で源氏の熊谷直実に討ち取られてしまいます。直実は息子と同じ年代の平家の公達に一瞬迷いますが、首を討ち取ります。
能「敦盛」はこの後日談です。熊谷直実の後悔から出家して蓮生法師となり、供養と昔を思い出すために一ノ谷を訪れ、美しい笛の音を耳にします。すると草刈りの若い男達が現れます。不審に思い尋ねると笛の名を様々に語り、一人だけ残り、実は自分は敦盛の所縁の者とほのめかして消えていきます。この「私が敦盛本人である」と名乗ってもいいものを「所縁の者」というのが心憎く、平家のシャイでセレブなところで私は好きです。その夜蓮生が弔っていると、敦盛が現れ、弔いへの感謝と、平家の栄華と衰退を語ります。その敦盛の最後となる前夜一ノ谷にては宴が催され、経盛親子は今様を謡い、敦盛も笛を奏でていました。その笛の音は源氏軍も聞いていたのでした。戦場に響く優美な遊興に源氏軍は何を感じたのでしょうか?通常『修羅物』は「翔」と呼ばれる修羅道の苦しみや心身の不安定を表すパフォーマンスを見せますが、敦盛は優美な「舞」で宴を表します。その「舞い」の途中で戦に突入し、そのまま組み伏せられ討ち取られてしまいます。蓮生に刀を振り上げて仇を討とうとしますが、弔ってくれる因果の巡り合わせに感謝して消えていきます。

この弔ってくれ自身が成仏することですべてを赦すというのは、現代的には少しあっけなさ過ぎますが、仏教思想の中では重要なファクターであるといえます。

16歳の彼がどうして戦をしなければならなかったのか・・・

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天神祭

天神祭


今年も「天神祭」の季節がやって来ました。例年なら梅雨も明け、暑さ絶好調〜っ!なハズですが、今年はまだ梅雨明けもせず天気も不安定ながら雨は降らず無事済みました。

日本三大祭で「神田」「祇園」「天神」だそぅですが・・・

25日の「船渡御」にて「能船」という船にて「能」をみせるのですが、我々の船はアンカーを降ろした「固定停止船」です…

「浮き洲」のような私達の船の左右を自由に行き来する100雙程の船を恨めしく見ながら真面目にやっておりますが、往来の船の「打〜ちまひょ!△△も一つせぃ!△△祝うて三度っ!△△~△」の「大阪締め」のお誘いや、祭囃子ならまだしも、アナウンサーやら芸人の大音量、途中上がる花火の轟音に掻き消されなかなか集中出来ないし、台詞や囃子も全く聞こえません…
乗船のお客様も同じ事で、やはり周りが気になりこちらそっちのけであっちこち見回してますからネ…

まぁ「祭」だからしょうがないと言えばしょうがないですが…

でも仕事抜きにしたら5000発の花火は灰被りの超プレミアムアリーナ席で抜群にGOODです!あの胸に響く花火の轟音は堪りません!

しかし、停泊船の場所が来年はプレミアムアリーナ席から北の端っこの「大ハズレ」らしいのです…

船渡御のUターンポイントなので船も行き交わず何となくテンション下げ…(行き交い、ギャラリーがいると手を振ったり笑顔になれますが)

観客もいない…

花火も遠い…

暗い…

寂しい…

う〜ん…

私達もテンション下がるなぁ…

考え方変えれば「能を観る」にはいぃ環境かナ…

どちらがベターなんでしょネ?

でも私は『祭囃子』聞き、『花火』が見たいッ!

天神祭天神祭

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能面

能面
今日は午前中と午後の仕事の合間に、知り合いの能面師とお弟子さん達の「能面展」に行ってきました。

能面と言うのは本当に不思議な物で、舞台で演技するために作られた物であるのに、あまり演者のことは考えてなかったりします…
(目の穴が曲がってたり見えなかったり)

私達は「能面」を演技するために必要なので使いますから美術館や博物館に「お蔵入り」などせず、それこそ古い翁面などは奈良時代、傑作が多い桃山、江戸時代の「重文クラス能面」も舞台で使います。(勿論畏れ敬い、しかしそれに臆する事なく、その素晴らしい面の力を借ります)

現在作られている能面の大半は「古い傑作」を完全コピーしております。(新作面もたまにはありますが、なかなか舞台では使えないのが現状です…)
採寸、凹凸、彩色、経年劣化、傷までミリ(ナノ)単位で真似て作られますが、「本面(オリジナル)」には残念ながら全く及びもしません…

やはりそこには当時の作者の技術的な事は勿論、何者(物)にも負けない強い信念で打たれ、淘汰されてきた事と、その能面を何百年の間、何人もの能楽師が舞台で命懸けに演じ、様々の戦乱や災害を逃れ、貧困にも負けず、大事にこの平成までみんなで必死に護って伝えた「努力」と先祖への「敬意」など、そのヒストリーやヘリテイジが舞台であの底知れぬパワーを放ち続けるのでしょう。

私達もそれをひしひしと感じ、敬い一生懸命舞台を勤めておりますが、次の時代にもこのイズムやヘリテイジ、今残っている「傑作」がきちんと遺せるのでしょうか?

これってすごく大切な事だと思います。

今日はそんな事を教えてくれ、考えさせてくれる不思議な時間で、感慨深く展覧会を後にしました…

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