死者への思い

昨日は仕事の大先輩に最後のお別れの挨拶をするために京都へ行きました
本当にいい方でした
父と一緒に遊んだり、父の良きライバルであり、理解者でありました
一時期神戸う○田氏、大阪う○野氏、今回亡くなられた京都う○田氏、父梅若で《四「う」会》と俗称がある謡会をしていましたが全員亡くなりました
でも死への捉らえ方って日々そして段々と変わるものだなぁと最近つくづく思います。今まではいなくなる「悲しみ」とか「遺された家族がかわいそう」とかが強かったけど、最近はその方がどのように生き、何を我々に残し(遺し)、教え、何を無念に亡くなられたんだろうとか、自分ならどうなんだろと今日もずっと考えてました
自分は世の中や子供に何を遺すんでしょう
何も遺せなかったら悲しいナ…
しかし…
どこのお葬式もそうなんですが式自体がシステマティックになり過ぎてるのが残念です…
あれじゃ追憶も出来ない…
関係ありませんが、五条大橋の上では弁慶と牛若丸が今も元気に戦ってました
しかしこれも誰かのゴーサインが出たんだけど弁慶が可哀相だよ…
合掌
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