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2009年3月

鷹姫

先日14日福井にて「鷹姫」がありました。

いわゆる戦後に出来た『新作能』ですが上演回数も多くそれなりに洗練された曲となっていまして嫌いではないです。

今回も作者の横道萬里雄氏ご本人がリハーサルを観に来られとても緊張しました。呪術的な呪文の中で護身法と結界法九つの「印」を結ぶよう指示がありそれを覚えるのが大変でした。実際、輪唱する難解な「呪文」だけでもカマないよう謡うのが精一杯なのに・・・

地謡は出ず、岩に「コロス(合唱 能では地謡)」の役をさせ、半仮面をかけるなど色々面白い試みが多彩です。また、岩の移動などが多いのですが半仮面で横が見えないのでいつ集団より逸れないか毎回ドキドキさせられる曲です。

《あらすじ》

絶海の孤島、榛の木立に囲まれた泉に湧くという不思議な水、飲めば永遠の命を得るという。 その泉の周りには物言う岩が転がっており、泉の上の榛の木には美しい鷹姫がとまっている。 くる日もくる日も泉の水を求めて、水が湧くのを待ち続ける老人。 泉はいつもは枯れていて、不思議な「魔の時間」にだけ湧きいずるのだ。ところが「魔の時間」に立ち合っても意識を失ってしまって、気が付いた時には再び枯れてしまっているという有様。 老人は何とか生き長らえつつ、泉の水を待ち続けているのだ。 そこに現れた若者クーフリン。 彼は海の彼方の王国の第三王子。 夜の宴に泉の噂を聞いて、帆船を出して遥々やってきたのだ。 クーフリンは老人に、泉はどこだと迫る。 才気溢れる若者に、老人は諦めろと言う。 老人が待ち続けた果てしない年月、それでも得られなかった水である。その折しも鷹姫が羽ばたき何事かの予兆が起こる。 見つめ合う鷹姫とクーフリン、魅入られるな、魅入られると二度と島を出られないと老人は忠告する。若者への嫉妬の言葉を残して老人は死んでゆく。老人もかつてクーフリンのようにこの島にやってきた若者だった。 岩達は彼らを哀れみつつ冷ややかに見ているのみだ。 鷹姫は舞い、クーフリンは意識を失う。 その間に水は湧き、鷹姫が水をすべてを汲み、飲み尽くすとクーフリンは目を覚ます。 クーフリンは鷹姫を追うがかなわず、枯れた泉のみが残された。死んだ老人は幽鬼となって彷徨い、泉の水を求めても得られない人間の苦悩を嘆き謡いやがて岩の一つとなった。

この曲はノーベル文学賞を受賞したアイルランドの詩人イェーツがフェノロサ(能の愛好者)による能に関する資料の影響を受けて、彼のアイルランドのケルト神話と能の描く世界に通じ合うものを感じて書き上げた舞踊詩劇「鷹の井戸」(1916年)を、横道萬里雄氏が戦後能に改作翻案したのが新作能「鷹姫」である。

水(欲)を待ち続け、すべてを失い、岩になり、静かにそこに居続け、次の若者を待つ。

次の若者が来るたびに岩はどんどん積もって行く・・・。

そういう永遠の繰り返される「鷹姫」は何を描いているのだろう。

人間の「欲」とは?何を求め何を得るのか?すごく考えさせられる曲です。

あぁしやおぉしや…

あぁしやおぉしや…

あぁしやおぉしや…

あたさらさまら

ききりさや

ききりさやおん

かからさやうん

岩が言う呪文である。

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