翁
昨日無事終了しました
今回は一週間の別火でその禁断症状?も緊張感もなく、実に清々しいさっぱりしたものでした
神仏に念じ幕より出て行き、最初の拝礼して顔を上げたとき照明の関係だと思いますが何か一本の光が見え一瞬「何だこれ?」と素に戻りました。そのあとの所作も今回は演技ではなく一つ一つなぞっていき、今までと違った舞台を体験できました。まさに「能にして能にあらず」
今回は翁附き老松でしたので、終わった後の幕入りはワキが装束を着けたまま拝礼で受けてくれますのもあり、気分的にもとても気持ちイイ舞台でした(太夫に次の曲の用意がちゃんと出来ていますという合図です)
今回の翁を終え、これからどんなことを思い舞台が出来るか楽しみです
ちなみに「別火」とは千歳が翁とともにその家族や他人とは別の部屋に籠り、それとは別の「火」の釜で作り、女性が作ったものや殺生をした肉などの食べ物を口に入れず「精進潔斎」するということなんです。お囃子方や人によっては当日水を被り「禊」をする方もいます。このご時世皆さん普通は1日だけですが、せっかくだし私は1週間しました。
《参考までに東大寺では》
別火(べっか)
東大寺二月堂での修二会の本行は三月一日から十四日間ですが、それに先だって「別火」と呼ばれる前行の期間があります。「別火」とは用いる火を世間と区別して行(ぎょう)の精進を期するもので、現在では東大寺戒壇院の庫裡を別火坊と称して、練行衆全員が宿まりこんで行っています。
修二会本行は半月にも及ぶため、それに対する物心両面の準備が必要となります。「別火」主にその準備の期間に当てられるのですが、前半と後半を、それぞれ「試別火(ころべっか)」、「惣別火」と名付けて区別しています。「試別火」は二月二十日から二十五日(閏年は二十六日)まで行われ、「惣別火」はそれ以降二月末日まで続きます。
試別火では、修二会での声明(しょうみょう)、お経の稽古、行中に仏前を飾る南天や 椿の造花作り、灯明に使う各種灯心の準備、紙衣(かみこ)を作るための仙花紙(せんかし)絞り、「さしかけ」という二月堂内で履く履き物の修理、牛玉箱というお札を入れる箱の包み紙の新調、守り本尊の補修、紐作り、こより作り、紙の付け札作り、等が行われます。
準備の合間には、社参と称する境内の参拝や、二月堂の湯屋に出かけての「試みの湯」、二月堂内陣の掃除、また内陣に安置されている「小観音御厨子(こがんのんみずし)」を掃除する「厨子洗い」、東大寺の参籠しない僧侶に挨拶をする「暇乞い;いとまごい」等が行われます。
「試別火」の期間中は、火を世間と区別することをはじめ、色々と約束事に拘束されますが、自坊へ忘れ物を取りに戻ったり、境内であれば制約はありますが外出もできます。しかしながら一旦「惣別火」に入ると、さらに制約が厳しくなってゆきます。
「惣別火」の期間に入ると、いでたちも紙衣(かみこ)という仙花紙で作った紙の衣となり、特定の場所以外では私語も一切禁止となり、そろっての食事等以外は湯茶も自由には飲めず、所作、作法も厳しくなり、部屋の外に一つある火打ち石で点火した火鉢以外は一切火の気がなくなってしまいます。勿論外出などは論外で、部屋から出るときは屋内でさえ白鼻緒のわら草履をはき、各自一枚所持する「てしま(ござの一種)」の上以外は他の場所に座ることさえできなくなってしまいます。
このような状況の「惣別火」期間中、練行衆は、声明の稽古、行中に使う糊たき、 二月堂内で刷るお札の紙を折る作業、ホラ貝の稽古、堂内の荘厳に使う椿の枝に造花を取り付ける作業、会中に使う法衣を身につけてみる「衣の祝儀(ころものしゅうぎ)」、行中の配役の一覧である「時数帳」の書写、等をして過ごします。
「惣別火」は二月末日で終了し、午後、荷物がお香の煙で薫蒸され二月堂参籠宿所(さんろうしゅくしょ)に運ばれた後、練行衆も行列を組み二月堂へ向かいます。
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